山陰・山陽旅行記-1

1日目 3月14日(火)
岐阜〜米子

1日目は山陰本線を米子まで乗り通しました。

1日目乗車列車一覧
乗車駅 下車駅 乗車駅発車時刻 下車駅到着時刻 列車番号 種別 愛称 車両形式*両数 備考 写真
岐阜 大垣 7:48 8:00 2403F 区間快速   313*6   313系 大垣
大垣 米原 8:12 8:47 213F 普通   117*4   117系 大垣
米原 京都 8:56 9:46 3303M 新快速   221*8? 車両形式違う気がする なし
京都 そのべ
園部
9:57 10:51 239M 普通   111*4   111系 京都
園部 福知山 10:58 12:12 431M 普通   113*2 ワンマン 113系 園部
福知山 きのさき
城崎
12:13 13:42 431M 普通   113*3?   113系 おそらく城崎
城崎 浜坂 13:52 14:46 181D 普通   キハ40*1 ワンマン キハ40 城崎
浜坂 鳥取 15:35 16:22 539D 普通   キハ47*2 ワンマン キハ47 浜坂
鳥取 ほうきだいせん
伯耆大山
16:56 18:32 3431D 快速 とっとりライナー キハ28+58  ヘッドマーク付き キハ28+58「とっとりライナー」 鳥取
伯耆大山 米子 19:46 19:55 249D 普通       なし
まずは東海道線で米原へ

 お父さんが会社に行く時間にあわせて家を出発。岐阜駅まで車に乗せていってもらう。
 岐阜駅で青春18切符を購入して早速改札を入る。そしてそのまま来た列車に乗る。313系の6両編成。この列車は大垣止まりなので大垣で乗り換え。
 今回のダイヤ改正で大垣止まりの列車が増え、米原に行くのに大垣で乗り換えなければならないことが多くなったのは非常に残念だ。個人的には米原行きの新快速を毎時1本(できれば2本)作ってほしいところである。それも大垣〜米原間も快速運転で。大垣からの列車は117系4両。結構込んでいる。ケチらずに増結してもらいたいところである(それより増発してもらいたいが)。南荒尾信号場から通称垂井線にはいる。とたんにスピードが落ち、ガタンゴトンというレールの継ぎ目の音が聞こえてくる。この区間は北を迂回している迂回線が本線で、こちらは支線扱いなので規格が低いことがよく分かる。距離は長いが迂回線を通った方が時間短縮になることがよく分かる。

米原からは130キロ運転を始めた新快速

 米原からは221系・・と旅行中に書いたメモには書いてあるが、今回のダイヤ改正から130キロ運転になり、全ての新快速が223系になったはずだったようだが・・記憶では223系だったような気がするがこの列車は写真を取り忘れたので確認できない。この列車ではまだそれほどではなかったが、帰りに姫路から米原まで乗った新快速では座っていても横揺れなどのやや不快な振動が感じられた。130キロ運転にはやや問題を残しているのではないかと思った。

いよいよ山陰線へ 城崎までは電化区間

 京都駅は東海道線とは少し離れた行き止まり式のホームに行き、111系電車に乗る。ホームの上は完全に屋根が覆っていて、雨でも濡れないのはいいのだが暗い感じがする。東海道線ホームと違って人も少なく活気がない感じがした。途中駅で後続の「きのさき」を待避
 途中駅では、ほとんどの駅で対向列車との行き違いがあった。両側からほぼ同時に進入するようにダイヤが組んであり、行き違いのための停車時間を最小限に押さえてあるのはすばらしいと思った。
 園部からは113系2両のワンマン運転。主要駅では全ての扉が開くが、その扉も半自動扱いになった。半自動扉に出会うと山間部に来たという感じがするのだが、案の定だんだんと谷の中に入っていく。福知山の手前では広い渓谷に造られた河岸段丘の上部を伝っていく場面が見られた。
 福知山からも113系電車。このように切れ切れのダイヤにするのはどうかと思うが、乗り継ぎはよく考えられていてそれほど不便ではない。むしろ乗り継ぎがよすぎて駅の外に出る時間がなく、駅舎の写真を撮ったりする時間がないのが残念でもある。今度の車両もドアの開閉も半自動だが、福知山までの車両が手で開けるタイプだったのに対し、こちらは開閉用のボタンが付いている。
 京都と兵庫の県境越えの下夜久野〜瀬棚あたりでは、国道と離れ、山の中へ迂回するのだが、その迂回途中の上夜久野ではいきなり20cmはある積雪に出会った。しかし本格的な積雪があったのはここくらいで、この先では雪はなかった。
 福知山の1つ手前の国府では、「あすか」の回送とすれ違った。分かっていたなら写真も撮れたのに、突然だったので余りよく見られなかった。
 豊岡ではほとんどの乗客が入れ替わってしまった。予想していなかったのでちょっとびっくりした。和田山方面から香住方面へ普通列車で行く人などいないということか。でも次の城崎では半分近くの人が浜坂行きに乗り継いでいた。平行して流れている川幅がとたんに広くなり、いきなり海に出ると行った感じである。(といっても列車から海が見えるのはもう少し先)

いよいよ非電化区間 餘部鉄橋を渡る

 城崎からは非電化区間。城崎までは「北近畿」、「きのさき」の電車特急が多く乗り入れているが、この先まで行く特急は旧型車両を使った「はまかぜ」数往復のみ。普通列車も単行気動車になり、一気に寂れた感じになる。ここから先は海岸線の近くを走るのだが、海岸線まで山が張りだし、海岸線は切り立った崖になっているため、列車は山の中を走っている感じになる。トンネルも多く、途中の駅でも小さな集落があるのみ。利用客が少ないのもよく分かる。
 香住を出て、鎧を過ぎるといよいよ餘部鉄橋が近づく。乗客の多くもこのことを知っているようで、「もうすぐだよ」などの話し声が聞こえてくる。そしてトンネルを出ると同時に視界が開け、鉄橋にさしかかる。右手には日本海が広がり、左手にも餘部の集落が見渡せる。期待通りのすばらしい眺めであった。鉄橋を渡り終えるとすぐに餘部の駅に停車。5人くらいの乗降客があった。僕もここで降りて特急の撮影をしようかとも思っていたのだが、昼食を食べていなかったこと、フィルムの残りが少なかった(予備を用意してなかった)事などから断念し、そのまま浜坂に向かった。浜坂まではすぐだから列車本数が多ければ浜坂からまた折り返すことも可能なのだが、残念ながら本数が少なくそれも断念。餘部鉄橋の撮影はまたの機会にすることにした。

浜坂で一休み
浜坂駅前 左の茶色の建物が利用した駅前食堂

 浜坂では、乗り継ぎの列車の出発まで少し時間があったので、フィルムを購入したあと食事をとることにした。駅弁を購入してベンチ等で食べようと思っていたのだが、残念ながら駅弁は品切れになってしまっていたので、駅前の食堂で食べることにした。
 この駅前食堂。入ったときには近所の人と思われる人がは世間話に来ていただけで、お客はゼロだったのでちょっとやばいかなと思ったけど、値段はかなり安かったし定食のおかずも多く、味もなかなかだった。

山の中を鳥取へ
運転席後部のワンマン設備

 浜坂からのキハ47は2両つないでいたがワンマン運転。本来単行運転したいのだが、片運転台の車両なので仕方なく2両つないでいるという感じである。乗客もそれほどいなかったと思う。運転席後部は座席を取り払い、ワンマン設備を取り付けてある。それにしても広々とスペースを使っている。海岸線がたまに現れる 東浜-岩見
 浜坂を出るとまた山の中に入る。兵庫県と鳥取県の県境越えである。しかし山越えといっても海岸線はすぐそばなので、時々日本海を見ることができた。
 かつてはこの区間はかなりの特急が走っていたのだが、智頭急行ができ、鳥取へのメインルートは智頭急行、因美線経由に奪われてしまい、すっかり寂れている。今ではわずか1往復(夜行除く)の特急が走るのみで、この特急もいつ廃止になるか分かったものではない事を思うと寂しくなる。

平地を走り伯耆大山・米子へ
鳥取駅に到着した特急「いなば」(JRキハ185系)

 鳥取からは快速「とっとりライナー」で海沿いの平地を走る。車両は昔は急行列車に使われていたキハ28と58のコンビである。急行用車両だけあって、デッキ付きでもあり、今までの普通列車とはかなり違った落ち着いた雰囲気である。利用者はかなり多く、しかもビジネスマン風の人もかなりいたのは少し意外だった。
 日が落ちてきて外が暗くなり始めた頃に伯耆大山に到着。次の日の朝、ここで列車撮影をする予定にしていたので、下調べのために下車する。もう時間が遅く、歩いているうちにどんどん暗くなってきてしまったので、撮影目的地に到達する前に引き返す。でもこれで目的地までは思ったより距離があることが判明、翌日の撮影計画に生かすことができた。
 伯耆大山の駅に戻り、来た列車に乗り込んで米子へ。そして米子の駅前のホテルにチェックインした。


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