南小樽〜手宮間を結んでいたわずか2.8Kmの短い路線。昭和37年5月14日限りで旅客営業を廃止して以来、昭和60年11月14日まで貨物線のみの営業を続けていたが、その歴史価値は非常に高い路線である。
幌内の石炭搬出と札幌への移出貨物の搬送を目的として、北海道最初の官営鉄道である幌内鉄道の敷設が計画され、明治13年11月28日、手宮〜札幌間が開通した。また、同年12月に果て宮鉄道桟橋が竣工。更に明治15年には、残りの札幌〜幌内間も開通し、手宮は、北海道開拓の物資輸送の拠点として、また、石炭積み出しの前線基地として、重要な役割を果たすようになった。
やがて幌内鉄道は、明治22年に北海道炭礦鉄道に譲渡された後、明治39年に国により買収され、大正7年7月、南小樽〜手宮間に手宮線の名称が付けられた。
以上鉄道廃線跡を歩くIIIより引用(一部略)
この地図はカシミール3Dと地球地図プラグインを使用して作成しました。また、USGS30秒メッシュデータと国土地理院地球地図データを使用しています。
地図データが粗いために海岸線がかなりおかしくなってます。紫の点線が海岸線と思ってください。