佐賀線廃線跡調査 2

調査結果

光法〜諸富

光則駅はホームが残っている。駅から南佐賀方向を振り返る。 光法駅から諸富方向を見る。ホーム上には休憩所が建てられ、駅名標もきれいな状態で残っている。
諸富駅手前にある国道との立体交差。橋桁は新しくなったが鉄道の雰囲気充分である。 諸富駅跡は体育館などになっている。
諸富駅跡を示す碑が建てられていた。 諸富駅跡を裏手側から見る。線路跡は道路となっている。

光法駅跡はホームだけでなく駅名標まで残っていた。ホーム上には休憩所が建てられている。ほったらかしにされているのではなく、しっかり整備されて残されているというのは感激である。

この前後はサイクリングロード脇に木が植えられている。訪れたのは春先だったため枯れ木だったが、夏に来ればきれいな景色になるだろう。

光法から暫くそのまま国道の側を並行して走り、諸富駅が近づいたところで国道をオーバークロスしていたが、この部分もサイクリングロードとして使われている。国道をこえる橋桁は新しくなっていたが、前後の築堤は当時のまま残り、雰囲気充分である。

諸富駅跡は産業振興会館や文化体育館になっていた。広い敷地から、大きな駅だったことが想像できる。駐車場の入口部分に諸富駅跡を示す碑が建てられていた。

諸富〜筑後川信号場

筑後川橋梁を諸富側から見る。非常に長い橋梁で圧巻である。 昇降部分を望遠で撮影。このときは橋桁は上がっている。
橋の諸富側にあった説明板。 橋梁上から海側を見る。すぐ先は海である。船の通行はかなり多いようだ。
信号場の建物は昇降作業を行うため今でも使われている。 筑後若津駅付近から昇降橋を眺める。これは橋桁が降りている状態。

諸富駅を出ると程なく筑後川にさしかかる。ここに架かっている筑後川橋梁は昇降式可動橋として有名だった。

橋桁と水面との距離が短いためにそのままでは大型船が通れないので、橋桁の一つを持ち上げることが出来るようにして、列車が通らないときはこれを上げていたのである。

現在この橋は遊歩道として保存されていて、約30分ごとに橋の上げ下ろしが行われている。橋の上にあった信号所の建物は、橋の上げ下ろしのため今でも使われている。

海に近い場所であるため川幅は400m以上あり、底に横たわる長い橋は絵になる風景である。昇降作業を行っていた方と話をしたが、この橋を撮影するために訪れる人も多いようだ。とは言っても経営的には当然赤字で、いつまで維持していけるか分からないという状況でもあるようだ。

橋の諸富側は鉄橋展望公園として整備されていて、観光物産館が建っていた。

筑後川信号場〜筑後若津

筑後若津駅駅前広場跡。バスの待機所として使われている。 筑後若津駅跡地からは筑後川橋梁をがよく見える。
駅の筑後大川方向は、築堤が崩されて道路になっていた。 駅跡地の下の駐車場に信号機と転轍機が残されていた。

筑後川を渡り終えるとすぐに筑後若津駅である。ホームは橋を渡り終えてすぐの築堤上にあったようだが、築堤部分は崩されて残っていなかった。

橋の取り付け部分は展望所になっていて、休憩所が建てられていた。

駅前広場だったと思われる場所はいまでも駐車場とバスの待機所として使われていた。


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