名羽線・羽幌炭坑鉄道廃線跡調査 3

調査結果

2007年10月6日

築別
道路の先に築別駅駅舎があった。 駅跡は草原になっていて一見何も残っていなさそう。
すぐにホームの一部と思われる土留めが発見される。 ついにレールの一部が残っているのが発見された。

今回はバスツアーに参加して廃線跡を巡ってきた。

築別駅は2000年の調査でも訪れていた場所で、今回ツアーで訪れたときも前回と何も変わっていない感じであった。しかし、マニア集団の力を借りれば前回二人では見つけられなかった痕跡が次々と出てくる。

ホームの一部と思われる土留めの他、レールの一部が残っていることまで判明。住民へのインタビューで枕木などが有料で払い下げられたことも分かった。炭坑からの列車を方向転換させる必要からか、転車台もあったそうである。

2007年10月7日

築別炭坑
炭坑住宅。廃坑となる僅か数年前に建てられたらしい。 築別駅入り口に立つ病院跡。
炭坑住宅の窓から築別駅を見る。山の手前の広場が駅跡。 築別駅跡。一面の原っぱになっている。

羽幌炭坑鉄道の終点の築別炭坑駅跡は広大は原っぱになっている。前回来たときは確信がなかったためか写真を撮っていないが、炭坑住宅などが建っているのとは川を挟んだ反対側のやや小高い場所に広がっている空き地が駅跡である。駅の入り口は炭坑地区に入る橋の反対側で、かつて病院だった白い建物が残っているので良い目印になるだろう。

炭坑住宅の窓から撮った写真を載せますが、今回はツアーで地元ガイドの案内の元で入っています。勝手に入って良い場所なのかは不明なので注意してください。

ちなみに2007年現在これより先の道路は未開通のために通行止めになっていて、この位置に通行止めゲートが設けられている。この道道上遠別霧立線は、この先幌加内町から遠別町に抜ける名寄遠別線に接続する計画で、開通すれば名羽線のやや北を通って深名線蕗の台駅跡に至り、名寄に抜けることが出来るようになる予定だった。しかし、北海道開発局の資料などによると「中止」となったようである。鉄道で果たせなかった夢を道路で果たそうとしたが、その道路もまた途中まで工事したあげく中止・・名羽線の教訓が何も生かされていない。もっと先を見る目を持って計画して欲しいものである。


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