上山田線廃線跡調査 1

調査結果

飯塚〜平恒

飯塚駅新飯塚方向。線路がはがされた広い構内が見える。 飯塚駅天道方向。こちら方向に上山田線が出ていた。
飯塚駅改札口を入った場所の様子。ホームがかさ上げされた様子がうかがえる。 1999年の飯塚駅の様子。側線群が残り、保線車の基地になっていた。(1999-3-31)
飯塚駅の構内終端。奥の車止めのある線路がもと上山田線だったと思われる。 飯塚駅からしばらく筑豊本線と併走していた。この部分は線路跡がはっきり確認できた。(1999-3-31)
筑豊本線と分かれる所。奥の藪のあたりが上山田線の線路だったそうである。(1999-3-31) 筑豊本線と分かれるところを別角度から。奥が飯塚方向。(2002年)
筑豊本線と分かれた先は歩道付きの立派な2車線道路になっていた。(1999-3-31) 平恒駅跡。道路脇にホームがほぼ完全に残っていた。
平恒駅ホームには待合所まで残っている。素晴らしい保存状態である。 駅で使われていたくずかごがまだ残っていた。なぜか上下逆さまで、ゴミが散らかっていたのは残念。

上山田線が分岐していた飯塚駅はかつては拠点駅として栄えていたようだが、今では隣の新飯塚駅の方が栄えている感じである。

比較的広い構内は側線群の多くがはがされてしまっていた。この駅は1999年のまだ電化工事が完成する前にも訪れたのだが、そのときは側線群はほとんど残っていて、保線車両の基地になっていたのだが、電化と共にお役ご免になってしまったようだ。

次の駅の欄に「ひらつね」と書かれていたのが消された跡の残る駅名標があるとどこかのサイトにあったので、改札を入って全ての駅名標を確認してみたがどうやら新しくなってしまったようでそのような痕跡の残る駅名標は見あたらなかった。電化の際にホームのかさ上げが行われたようで、そのときに駅名標も取り替えられてしまったのだろう。

上山田線は飯塚から1Kmほど筑豊本線と併走し、住宅地が途切れた平恒駅手前で筑豊本線と分かれて南に向きを変えていた。

併走していた部分は(1999年時点では)筑豊本線の脇に路盤が残っていて昔線路があったことがはっきり分かった。

筑豊本線と分かれた先は2車線の立派な道路になっていて、一見線路跡は何も残っていないのではないかと思わせられたが、この先の駅跡などはしっかり残っていた。

平恒駅は筑豊本線と分かれてすぐの場所にあるということで、1999年に列車で調査に来たときに探したのだが、そのときは見つけられなかった。しかし、駅跡は道路沿いに非常によく分かる状態で残っていた。前回あと100mほど進んでいれば見つけられていたはずであった。場所は線路跡の道路を500mほど進んだ信号交差点のすぐ先である。線路脇にホームとホームにあった待合室が残っていてよくこんなしっかりと残っている物だと感心させられた。「鉄道廃線跡を歩く」に紹介されていた駅当時のくずかごは、上下逆さまになっていて残っていた。


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