蒲原鉄道廃線跡調査 2

調査結果

村松〜大蒲原

村松駅舎の裏手から線路跡が伸びている。 道路を横切った先は住宅が建設中だった。
村松城址公園に展示されていたモハ11型車両。 村松城址公園にあったモハ11型の説明版。
西村松〜寺田間。線路跡は立派な農道に変わっていた。(右手の道、奥が寺田方向) 寺田〜大蒲原間。国道と大蒲原地区を結ぶ道路との交差点。手前が大蒲原方向。
大蒲原手前。右上写真の反対側。この先に大蒲原駅があった。

村松駅からは1985年に廃止された区間。

駅跡から両側が自転車置き場となっている細い道が右カーブして延びていた。明らかに線路跡である。この道はすぐに道路に突き当たって終わるが、道路を渡った先は住宅が建設中だった。

この先は市街地の縁にそうように進んでいたようだ。町の中心部に乗り入れなかったのはやはり用地買収が難しかったからだろうか。途中川を渡っていたのだが、このときは細かい地図がなかったので橋の跡を特定することは出来なかった。

川を渡ったすぐ先に公園があったが、その公園の中に昔走っていた車両が展示されていた。

国道と交差する前後に西村松駅があったらしい。その場所は通ったのだが、このときはそのことを知らなかったこともありよく分からなかった。

国道を横切ったあとは、田んぼの中をほぼまっすぐに南西方向に進んでいた。線路の通っていたと思われる場所は立派な農道に変わっていて、線路跡らしいものは何もなくなっていた。周りは田んぼばかりで民家はかなり少ない。

途中国道と寺田地区を結ぶ道路と交差するあたりに寺田駅があったらしい。駅と寺田の集落はかなり離れている。駅跡はさっぱり分からなかった。

線路跡の農道は更に続く。大蒲原地区の手前で国道と大蒲原地区を結ぶ道路と交差するが、その道路が線路を横断するために緩いS字カーブになっている。線路跡の農道もまたクランク状になっているのが本当に線路跡なのかと一瞬不安にさせる。この先は農道の脇に砂利道が平行していたが、その砂利道は元々線路に平行していた道だろうか。この交差点の先、山が迫ってきたあたりに大蒲原駅があったらしい。

大蒲原〜土倉

高松駅手前の国道をくぐる部分。国道から路盤跡を見下ろす。手前が高松方向。 左写真の反対側、高松駅跡。線路跡(奥に延びる道)は砂利道として続いている。
高松駅跡。良く見るとホーム跡ではないかと思えるコンクリートが残っていた。 土倉駅のすぐ先、国道をオーバークロスする。正面に築堤が見える。正面の築堤上が土倉駅跡か?

大蒲原からは西に向きを変え、暫く進むと国道をアンダークロスしていた。国道から見下ろすと前後は砂利道として路盤跡が続いていた。

国道をくぐってすぐの場所に高松駅があったらしい。路盤跡の道路の脇にホーム跡ではないかと思えるコンクリートが残っているのが確認できた。

ここから先は国道の近くを通っていた区間である。この辺りから山の間を通る感じになり、線路跡も登り勾配となっている。峠の直前で国道をオーバークロスしていたのだが、その直前が土倉駅だったらしい。駅跡は詳しく見ていないのでよく分からないが、国道前後の築堤ははっきり残っていた。


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