この路線は大正4(1915)年に小倉鉄道の小倉〜上添田間の線路の一部として開業した。昭和18年に国有化された際に添田線と命名され、昭和31(1956)年には東小倉〜添田〜彦山〜夜明と連続し日田線と改称。その後、昭和31年に日豊本線城野〜水町信号場の短絡線が完成したことで、東小倉〜水町信号場は貨物線化、昭和35年には廃止となった。
ここでは廃止となった東小倉〜水町信号場を取り上げる。
末期は日田彦山線の貨物支線という扱いで、独立した線名はなかったようで、起点も石田駅になっていたようだ。よって下記の停車場一覧は石田から順にのせてあるが、調査結果は初期の起点であった東小倉から順に載せます。
駅名 | 読み | 駅間距離(Km) | 累計距離(Km) | 開業年月日 | 廃止年月日 | 備考 |
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(石田) | いしだ | - | 0 | 1915-04-01 | 1962-10-01 | 日田彦山線接続 |
(水町)(信号場) | みずまち | 2.1 | 2.1 | 1916-04-01 | 1961-10-01 | 日田彦山線との分岐点 |
妙見 | みょうけん | 1.9 | 4.0 | 1933-10-23 | 1960-03-15 | 1956に貨物駅化 |
(東小倉) | ひがしこくら | 2.5 | 6.5 | 1915-04-01 | 1962-10-01 | 鹿児島本線接続、現在貨物駅 |
東小倉から水町まで徒歩で調査してきました。ただ、途中でルートが分からなくなってしまって線路跡をたどれていない部分もあります。東小倉から妙見手前までは道路になっていますが、その先は住宅地に取り込まれていてよく分からなくなっています。25000分の1地形図ではたどるのは困難で、もっと細かい地図を用意した方がよいでしょう。
調査にかかった時間は小倉から東小倉への徒歩と、水町から城野への徒歩の時間を合わせて3時間30分くらいです。東小倉も水町も旅客駅でないのでここまで行くのが大変でした。小倉から東小倉へはバスがかなりの本数あるようでしたので、これを利用した方がよいかも知れません。