羽幌線廃線跡調査 8

調査結果

2001年8月26日(日)

天塩〜振老
北川口駅跡と思われる場所。駅への道も牧場の一部のようになっている。 振老跨線橋から北川口方向を見る。右の道路の手前あたりに線路が通っていたはずである。
振老跨線橋から振老方向を見る。こちら方向の路盤跡ははっきり残っている。 振老跨線橋。橋の下を通って振老に向かう路盤が見える。

天塩から国道はなぜか山側を遠回りしているが、線路はまっすぐに北へと向かっていたので一旦線路と離れることになる。

再び線路と国道が近づき、少し進んだ部分に北川口(きたかわぐち)の駅があった。駅跡と思われる場所は牧場の一部のようになってしまっていた。

北川口をでて少し北上したあと、振老跨線橋で国道と交差して国道とともに西に向きを変える。国道の振老跨線橋からは幌延へと向かう線路跡がはっきりと確認できた。

振老〜幌延
振老駅の少し東(幌延)側より駅方向を見る。駅跡はさっぱり分からない。 天塩川橋梁の振老側。橋梁跡は全くない。
天塩川を渡って幌延へと続く築堤。 天塩川を渡ってすぐの路盤。幌延へとまっすぐ伸びている。
幌延手前で北に向きを変えた部分の路盤跡。交差する道路から撮影。奥が振老方向。 幌延駅北端。川を渡ってすぐに左にカーブして宗谷本線と分かれていた。
幌延駅構内を北側より見る。安全側線になっている部分が羽幌線跡のようである。 幌延駅駅舎。
幌延駅跨線橋より羽幌線が出ていた北側を見る。 羽幌線が出ていた3番線。レールは残っているが使われているかどうかは不明である。留置線群は全て取り払われている。

振老(ふらおい)駅は国道から直接入る道はなかったようではっきりした場所はよく分からなくなってしまっていた。

振老を出て少し進むと天塩川につき当たる。この天塩川橋梁は建設時日本屈指のトラス橋だったらしいが今では跡形もなくなってしまっていた。しかしそこに至る路盤は林の中に木が途切れているラインがあり判別可能である。

天塩川の幌延川にもまわってみたがこちらにも橋梁の痕跡は全く見あたらなかった。しかし渡った跡の路盤は築堤がそのまま残っていてはっきり確認できた。

天塩川からしばらくまっすぐ進んだ路盤は幌延手前で急に北に向きを変え、北西方向から幌延駅に入っていた。北に向きを変えた部分で道路を横切っていた部分は踏み切り跡こそ全く分からないが、前後の路盤は林の中にはっきり確認できた。

北側へと回り込んで宗谷本線の隣に出た線路は宗谷本線と平行して小川を渡り、幌延駅へと入っていたらしい。小川の橋梁跡は分からなかったが、木々の様子から合流していた様子はよく分かった。

幌延駅は羽幌線の出ていた3番線はまだレールも残っていたが、実際に使われているのかどうかはよく分からなかった。ホームの脇にあったはずの留置線群は全て取り払われてしまっていた。


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