羽幌線廃線跡調査 7

調査結果

2001年8月25日(土)、26日(日)

遠別〜更岸
丸松跨線橋をくぐる線路跡。写真奥が丸松駅。 国道には丸松跨線橋の標識が残る。奥が遠別。
丸松駅前。商店と倉庫が残るのみ。 丸松駅跡。写真中央の木と電柱の奥に線路が通っていた。
砂利道となって続く線路跡。奥が丸松。 左写真の反対の更岸側。左手が海岸だが海を見ることは出来ない。

遠別からもしばらく国道の山側を併走する。ウツツ川を越えるがやはり鉄橋は跡形もなかった。

ウツツ川の先の山を切り崩した掘り割り部分で国道とアンダークロスして海側に移る。国道には丸松跨線橋という標識が残っていた。

丸松跨線橋のすぐ先には丸松(まるまつ)駅があった。駅付近には商店が1件と倉庫があっただけで国道からぱっと見ただけでは駅跡はよく分からなかったのだが、車を止めて良く見てみると商店の裏側にそれらしい空き地があり、電柱と1本の木が残されていた。

丸松を出ると直線ルートで丘を越える国道に対し、線路は海岸近くに進路をとり丘を迂回する。しばらくは線路跡の近くを通る道があるのでこちらも国道を離れて線路近くを走ってみる。線路跡の多くは砂利道や草道となってはっきりと残っていた。

更岸〜天塩
更岸駅跡。店を畳んだ駅前商店?が残っているのみ。 更岸跨線橋上から更岸方向を見る。
更岸跨線橋上から天塩方向を見る。 更岸跨線橋のすぐ先のトコツナイ川を渡っていた部分。橋台が残っている。奥が更岸。(暗くなってしまってうまく撮れていませんが・・)
天塩駅手前より更岸方向を見る。柵の向こうにも道路が延びるようである。 天塩駅付近の路盤は道路になっていた。

丸松から国道と離れていた線路跡が再び国道沿いに戻ってきた所に更岸(さらきし)駅があった。駅跡は草に埋もれていて、駅に続く道路によって駅跡であることを知ることが出来るのみであった。

線路はそのまままっすぐに天塩の町まで続いていたが、途中で国道が線路を乗り越して海側に移る。その更岸跨線橋の上から見ると更岸方向の路盤はかなり残されているが、天塩の町へと至る路盤は砂置き場?などに再利用されていて分かりづらくなっている。

更岸跨線橋のすぐ先でトコツナイ川を渡っていたが、この部分には橋台が残されていた。

天塩(てしお)駅付近の路盤は道路にする工事が行われていて鉄道の面影はなくなっていた。


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