渥美線廃線跡調査

  1. 三河田原〜加治
  2. 加治〜黒川原
  3. 黒川原〜江比間
  4. 江比間〜三河高木
  5. 三河高木〜三河福江〜堀切

路線概要

JR豊橋駅と三河田原を結ぶ豊橋鉄道渥美線という路線があるが、かつてはこの路線を三河福江、伊良湖方面への延長計画があった。この路線は大正13年に渥美電気鉄道の手によって開業し、昭和2年には豊橋駅前〜三河田原〜黒川原が開通した。同社は更に、黒川原〜三河福江間の延長を計画し測量などを行ったが、昭和初期の不況によって資金不足になり断念、この計画は国鉄の手によって進められた。工事終了後は渥美電気鉄道の路線も国鉄が買収する計画だった。

国鉄による延長工事は陸軍技術研究所(通称伊良湖射場)の小中山試験場と伊良湖試験場への物資搬入が主な目的で、軍事上の重要路線に指定され、昭和14年には三河福江までの15Kmの路盤が完成し、あとは線路を敷くだけとなっていた。三河福江以遠も中山を通って伊良湖村堀切までの測量と用地買収が行われている。

しかし、太平洋戦争の勃発により資材、特に鉄が不足し線路を敷くことは出来なくなってしまい伊良湖延長計画は中断、昭和19年6月には戦争中の資材供出で三河田原〜黒川原間2.8Kmが休止となった。

昭和15年9月、戦時中の交通統合で渥美電気鉄道は名古屋鉄道に合併、戦後は昭和29年に豊橋鉄道渥美線となったが、休止中の三河田原〜黒川原は同年11月に廃止、国鉄の手による延長計画も工事再開とはならず、伊良湖延長の夢は幻に終わった。

国鉄の計画線名は「豊橋伊良湖線」だったらしいが、ここでは都合上渥美線としています。

渥美線路線図 三河田原〜江比間

渥美線路線図 江比間〜堀切

調査概要・今後調査される方へ

2002年2月15日調査

三河田原から三河福江を経て堀切まで徒歩で調査してきました。しかし、20Km以上あるので徒歩のみでは厳しいのでバスも併用しています。基本として、あまり痕跡のないと思われる場所や重要ではないと思われる場所はバスでワープするという方法です。正月明けの時期のみ有効の前売り2Dayフリー切符を使用しています。この切符は名鉄グループの鉄道、バスが乗り放題という物で調査には重宝しました。

三河田原から三河大久保まで歩き、バスで馬草まで移動。ここから宇津江の先まで歩き、そこからバスで江比間まで移動。三河福江まで歩き、喫茶店で休憩したのちバスで堀切へ移動し、堀切駅予定地を調査して終了としました。かかった時間は6時間ほどです。

バスは三河福江までは豊鉄バス伊良湖本線が平行しています。30分間隔での運行なので非常に便利です。ただし、停留所の間隔は結構長いです。

三河福江から堀切へは豊鉄バスの伊良湖支線を利用しましたが、線路予定地とは平行していません。線路は中山地区を通ってから堀切へと向かう予定でしたが、バスは福江のすぐ先の保見(ここが始発)から直接堀切へ向かいます。この路線はほぼ1時間ごとの運行です。豊橋鉄道のサイトに時刻表が載っていました。(URLは管理が面倒なのであえて書きません)

主要参考文献


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