赤谷線廃線跡調査 3

調査結果

サイクリングロード終点〜赤谷

途切れたサイクリングロードのさきは一瞬路盤跡が現れる。用水路が線路を乗り越していた。 用水路が乗り越した先。線路跡は道路に吸収されている。
道路に吸収された線路跡。左に旧道跡が見える。 「赤谷の駅」の駅名標もどきと車掌車?が置かれているのを発見。
「赤谷の駅」の全景。隣には家があり、個人の物のようだ。 赤谷駅跡。線路跡は道路になったようだ。(2007-05)
赤谷駅の駅舎。今でも使われている様子だった。(2007-05) 赤谷駅を集落側から見る。(2007-05)

サイクリングロードの途切れたすぐ先は、草むした路盤が残っていた。

しかし、すぐ先からは道路に転用されていた。サイクリングロード終点から200mほど先には赤谷の駅と書かれた駅名標と車掌車?が置かれている場所があったが、ここも駅跡ではない。

赤谷駅は更に先にあり、平成11年時点で駅舎は集会所として現存し、隣には新潟交通の車庫が建っているそうである。新潟交通の車庫は見たのだがその隣の駅舎は記憶にない。今でも残っているのではないかと思うが、赤谷駅は先ほどのサイクリングロード終端と思いこんでいて通り過ぎてしまったのは実に心残りである。

いつまでも心残りのままだったので、2007年5月に再訪した。駅舎は道のすぐ脇に建っていてよく目立つのだが、一見駅舎に見えないデザインのためか前回は見落としてしまったようだ。かなり痛んできている様子だが、まだ現役で集会所の役目を果たしているようだった。

赤谷〜東赤谷

夏井川にかかる不動橋。道路脇に草を被って放置されている。数少ない赤谷線の遺跡である。 上赤谷集落の先。電柱の位置から、道路脇のスペースに線路が通っていたと考えられる。
東赤谷駅跡。バスの転回場になっていた。 左写真の反対側。自然に帰ってしまっている。
バス転回場の先(線路終端方向)。列車は一旦この先まで行ってスイッチバックして構内に入ってきていたようだ。 東赤谷駅跡の全景。道路は新たに付け替えられていて、写真を撮っている場所が旧道のようだった。

赤谷の先で、夏井川を渡っていた短い鉄橋(赤谷不動橋)を発見。手前の築堤は完全になくなり、草むした鉄橋だけがぽつんと残されていた。かなり印象に残る場所である。

このすぐ先で県道を横切る。その先は赤谷集落へと続く生活道路となっていた。

線路跡を転用した道路は急勾配で上赤谷の集落の東側を登っていく。上赤谷の集落はかなり大きな集落で、なぜここに駅がなかったのか不思議だが、急勾配のため作れなかったのかも知れない。

上赤谷で主要県道とも別れて東赤谷へと向かう。道路脇に草むしたスペースが少しあり、道路の脇を線路が通っていたのだろう。

東赤谷駅跡はバス転回場として使用されていたが、その他のスペースは草むしていた。終着駅であると同時に鉱山への専用鉄道の始発駅であり、広大なスペースが駅の規模の大きさを物語っていた。周辺は民家などは全く見あたらない。以前は民家もあったようだが、鉄道廃止によって過疎化が進んでしまったのだろう。この駅はスイッチバックの終着駅として知られていたらしい。

ちなみに東赤谷駅で使われていた転車台は東北本線などの前身となる日本鉄道がイギリスの「ラムソンズ・ラピア」社から購入した物で、大井川鉄道に移築されて今でも使用されているそうである。

なお、この調査に続いてここから出ていた赤谷鉱山専用鉄道の廃線跡調査もしてきた。調査結果は別路線として掲載するので興味ある方はそちらも見て欲しい。


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